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マイブーム・マイビジネス

仕事が趣味になりました。

そうや忘れるとこやった例の太陽公園の最終章ですわ

 太陽公園のことや、なんやしらん途中で終わってしもうとったなぁ
いろいろすることがようけあってな
 我が主人もいよいよ定年退職になったりして
まっ長年の労も労わなあかんし
 畑に野菜をしこまなあかんし
イケメンの顔も拝まなあかんし
 (いやいやこれは余談ですわそのうち・・・)

 さてさてといよいよ
太陽公園の城エリアの白鳥城へといきましょうか

 ゲートを入ると3つの石碑が目に入ります
石碑

 これは1981年の国際障害者年のスローガンである
「完全参加と平等」とこの地が国際福祉都市太陽である
と示した碑です
 創設者の門口氏の思いとは前にも述べたように

「蚊よ蚊よ 欲しくば私の血を思いっ切り吸っていけ!
     痛くとも 痒くとも じーっと耐えているから」

もう一言
「生活に苦しむ人よ 障害に悩む人々よ
  望むならば 私も貧しいが骨の髄まですべてを与えるであろう」

これは御佛が私に命じられた私の運命であり、私の社会福祉の基本姿勢である

 私は、身体上・精神上著しい障害があるため常時介護又は支援を必要とする
老人、知的・身体・精神障害並に日常生活に必要な能力の獲得に支援を必要と
 する生活要保護者、刑余者の基本的人権を尊重し、差別する事なく人間尊重
の精神に徹し、衣、食、住と就労の場を提供し、介護と支援を引受け生涯を通
 じてこれ等の人々が「安心と安全」の文化的生活が営まれ、「共に生きる」
事を期待している。 1947年4月1日

 何度読んでも、胸が熱くなって門口氏の信念が心の
奥底に突き刺さってきます
 
門口堅蔵氏の生い立ちも別の石碑に書かれていたので紹介します

 私は昭和2年2月27日、父福太郎、母こりんの二男として生を受け、
青年期、成年期(20~50歳)において生活保護法、更生保護法等に基づいて
 数多くの施設建設と運営に尽くし、(中略)その後「全ての人が人間性豊かに
暮らせる街づくり」の基本計画を作成実践していく
 これらを自身の運命と信じて、その使命感と誇りをもってこの尊い
社会福祉事業の遂行に命果てるまで己を捨て、敢行することを誓う


 と創設者のうんちくはここまでとし
次いこかぁー 
ウエルカムハウスだよー

ウエルカムハウス

 レストランや土産物ショップがあって
その中央の柱の片隅にちょこんと置いてあった
 あきかんアートのなんとかわいいこと!あきかんアート

 モノレールに乗っていざ白鳥城へ
モノレール

モノレールを降りると

わおーそそり立つ城壁が
白鳥城2

ぐるりっと玄関?入口にいくとやはり石碑が
石碑2

 そして正面からはごらんのとおり
白鳥城3
白鳥城4

 中へはいると彫刻の白鳥がお出迎え
白鳥城入口

 城内展示室には白鳥城のミニチュアや
レプリカ

 くるみわり人形がずらーっといーっぱい並んで
くるみわり人形
 はいポーズっていうてもみんな同じ姿勢やけど

それからはご存知トリックアートのオンパレードですわ

 そしてそしてちゃんとあるんですお城ですから
そうです王様のお・へ・や玉座の間
玉座の間

 最後に世界の障害者の方々が書かれた絵画などが展示されて
最上階には建築にかかった費用とか今後の構想などが書かれた
 完成予定図などが展示しとっわ
完成予想図
 
 ほんとにこうなるといいねぇ
次くるときはどんなになっているか楽しみじゃ

     太陽公園の話しはこれでおしまい!!
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2014-05-29 Thu 09:59 節約ラボラトリ
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